2007年09月13日
限界点は、伸びると思う。
チャンスは、準備ができていない人のところには来ない。
試練も、乗りこえられない人のところには来ない。
たとえば、今の毎日は 何年か前の私ではやっぱり乗り切れなかっただろうと思うし、
何年か前のトラブルや失敗は、今なら少しだけ上手に対処できるだろうなって思う。
自分を愛しましょう、まず自分が変わりましょう、って
その通りなんだけど、そんなに簡単なことではない。本当に。
失敗して少しずつ修正して、気づいたら少し前進している、そのくり返し。
そして振り返ってみると、
いろんな人の気持ちが嬉しかったり、自分の愚かさに気づいたりするのって、
たいがい うまく行っているときより
何ひとつ思い通りにならないときの方だったりします。
苦しかったけど、あれがあってよかった、って。
仕事の変化などで、時として自分をとりまくメンバーがごっそり入れ替わったりすること、
生きていればみんな何度か経験すると思うけれど、
前に進む、夢をかなえるって、
幸せな、キラキラしたことばかりが手に入るわけじゃない。
自分をただの「一人の人間」として愛してくれた、なじみの人達とサヨナラして、
目の前にあらわれる新しい人達と、距離感をさぐり、当たり障りない会話からスタートして、
自分という人間を知ってもらい、・・・それを笑顔でひとり、こなしていくのは
新鮮ではあるけど、予想以上に消耗する作業だ。
そのうえ、たとえばそこが 自分が「商品」としてしか扱われない場所だったとして
そんな人間関係の中でそれでも夢を追い続けていく、
そんな自分を想像できる?
本当にこんなことがしたかったんだっけ?とドツボに はまっていく人だって、
何人も見てきた。
世の中には本当に、性根の腐ったみたいな人がうじゃうじゃしていて、
そういう人々に屈せず自分の道を追求している人もいて、
じゃあ自分はどう生きていこうかってことなんだけど、
私はやっぱり仕事をとおして人とつながっていたい。
自分から発するものには気持ちをこめたい。
そして、出来るならその気持ちにおぼれてしまうことなく、
相手がいるからこそ出来ることであり、
その人が何を求めているのかも頭の片隅におきながら、
自分らしく関わっていきたい。
・・・これだけでも十分むずかしいんだけど(笑)、
相手にコビてるだけだったり、自分が正しい(というより相手が間違ってる)と思ってしまったら、
自分を見失うものね。
本当に、いろんな人がいろんなことを言うから。
「自分の可能性を信じる、という言い方はキライ。可能性じゃなくて
限界をみとめる、っていうのが真実だ」
って言った人がいて、
すごい後ろ向きな意見だなと思ったことがあるけど(笑)、
人生には何度か、
準備が出来てなかろうが、ゼッタイ自分の限界超えてない?って思うようなことだろうが、
やらなきゃならない場面がくる。
そこで逃げるのも言い訳するのも自由だけど、
やってみたら出来てしまった、時間があったらもっとこうしたかった、
みたいな風にして、人は自分の限界を超えていくんだと、私は思ってる。
「今の私」の「限界」は、数年先の私には「限界」じゃ、ないはずだもん。
それを可能にするのは、情熱や信念だと思うけどね。
(昼寝してても限界は伸びないよ(笑))
私のことを 丸ごと受けとめてくれる人たちに、
私は何ができるのかなって、最近ずっと考えています。
それはもしかしたら、時間を作って会いにいくことではないかもしれない。
「成長し続けること」なんてのは「自分を愛しましょう」と同じくらい
一歩まちがうと上すべりな言葉。そんなことで片づけたくはない。
自分を良くみせようとか、大きくみせようとすることの無意味さも知ってるし、
等身大でいることの難しさや 等身大の自分がいかに受け入れにくいものかも知ってる。
それでもその「等身」を
ちょっとずつでも大きくしていきたいってのは、あるじゃん!
一時的に会う時間が減っても、私が心の中で勝手に「めめ応援団」と呼んでいる人達(笑)は
きっと、ふいにお茶する時間が出来たりするのを
楽しみに待っててくれてると信じています。
こうやって、私が迷いながらでも進んでいることが、
「めめ応援団」のみんなにとっても「応援」になっていればいいな。
