2008年03月18日
たましいって言うとアヤシイのにSOULっていうと抵抗がないのはどうして。
先週は、振り返るとたくさんの方々とお会いした週となりました。
・・・早い話が1日おきペースで飲んでたってことですけど(笑)。
先日急逝されたORITOさんと関わりのあった、
マネージャーさん、ディレクターさん、デザイナーさん、
ライターさんやバンドメンバーの皆さんと、
初めまして、だったり
お名前だけはずっと知っていてやっと会えた!、だったり
何年かぶりで再会(涙)、だったり。
NHKラジオの公開放送でFREEFUNKがORITOさんのバックの演奏を
つとめたのが2004年。
彼は普段は、Wild Dandelionというバンドをバックにライブをしていたけど、
我がFREEFUNKとも、『鮑の艶話(のちに『OUR BEAT』に改題)』という
それはそれはファンキーで、ちょっと下の方のネタ(^^;な感じの曲を録音したり、
岐阜・名古屋ツアーにゲストで出演していただいたり、
昨秋は久々にバックをつとめさせてもらったりと、
なんて言うのかな、
Wild DandelionさんがA面だとすると、
FREEFUNKがバックのORITOはB面、みたいな感じ(笑)??
そのA面のギタリスト・星川薫さんのレコ発ライブがあったので、
リーダーの桜谷くん(こちらはB面ギターボーカル)や
ライターでイベンターとしてもお世話になっている池上くんとお邪魔してきました。
“大人の年輪”を感じさせるソウルバンド、
ゲスト出演のVo.のイクラさんには
「今こんな音出せる人達もう居ないよ!カッコイイねー!
でも
世の中にまっっっったく必要ないよね!!」
と言われてましたが(笑)
客席で自分が普段演っているようなジャンルの音楽を聴くことが
実はあまりないので、
たっぷり楽しんでしまいました。
特に、星川さんたちの所属プロダクションの社長さん?の六川さんが途中で登場、ソウルステップばりばりにゴリゴリのファンキーなベースを弾いたときはビックリ!!!・・・クギヅケでした私。
一昨日なんて、六さん夢に出てきちゃって(笑)「ひょっとして私は六さんにホレてしまったんぢゃないか」と心配になったくらいデス。ほ、ホレてはないと思うんだけど(^^;でもすっかりファン・・・かも(笑)
客席を堪能して思ったのは、
楽しませてもらえると嬉しい
という、至極単純なことでした。
ステージに立つ側としては、いろんな気持ちを抱えて立っていたりするわけですけど、
ひょっとすると、ひょっとしたらだけど、
「気持ちを伝えたい」なんて、奢りなのかもしれない。
これについては、色々と思うところがあったのだけど、長くなるのでまたあらためて、にしますね。
ライブ後は、マネージャーの鈴木さんやA面の皆さん(笑)など関係者の方々と打ち上げがてら談笑。
みんなでORITOさんの遺作となった曲を何とか世に出そう、
トリビュートライブやその後の展開はこんな風に、
亡くなった日に出るはずだったライブの当日の様子、
・・・そんな話で、
話しても話しても話したりないんですが、
みんな悔しいんだな、このまま薄れて忘れられるにまかせてなるものか、
みたいな気持ちというのかな、
誰もひとこともそんなことは言わないけど、
みんな同じ想いなんだということをヒシヒシと感じました。
そんなこんなで終電をとっくに逃し、タクシーで帰ってきて
勢い余って、週のあたまに行ったばっかりのソウルバーに一人で乗りこみ、
朝7時に帰宅!!って・・・(アホ)
そこのソウルバーのマスターが、
ORITOさんがウィリー・ミッチェル(アメリカ南部ソウル音楽の名プロデューサー)のもとで録音してきた音源をひっさげて、ビクターから凱旋デビューするときのディレクターだった方なんですよね。
ソウル・ファンク大好き☆(詳しくないけど)の私にはツボ押されまくりの曲しかかからない、ゴキゲンなバーです。

あ、ちがった、ヤキトリ&ソウルバーです(^^)
渋谷の「もりげん」というお店。
(写真はマスターと私)
道玄坂の独特な街並(笑)の中にありますけど。
お店の中はまったく怖くないので、よかったら皆さんのぞいてください。
私みたいに一人で斬り込んでも大丈夫です(笑)
・・・っていうか、途中でなんか、氷川きよしをパクったみたいな名前の歌手の演歌(しかもカセットテープ)を聞いたり(笑)、
しまいにはマスターとバイトのお兄さんと近所の飲食店のお兄さんをカウンターに座らせて、
私がキッチンに入ってジョッキを洗いながらお酒飲んで話してた気がする・・・(^^;;
んー、4:00AMごろから「もりげん」は ママのいるお店に早変わり、ってことでどうかなー??はははっ!(顔洗って出直します)
もとい。
ORITOさんのおかげで、こうして集い、仲間としてつながって、
ORITOさんだけが居ないのにORITOさんの話をしてる。
でも、ORITOさんは居なくなったり、してないんですね。
現に、ライブの打ち上げで話してた輪から少し離れたところに、ORITOさん来てました。
・・・あ。芽芽ちゃんついにコワレた?って思ったでしょ今(笑)!!
大丈夫ですよー。
昨今スピリチュアルブームですが、少なくともそれに「依存」はしてないから(妄信はしないけど嫌悪感も実はあまりない)。霊感ないし、そういうの見たこともないけど、時々、脳内で あるイメージがずっと離れなくて何だろうコレ、とか思ってると、どうやら霊とか見えちゃうらしい友人が同じ景色を説明しだしたりするということは、結構あったりします。
だからね、目には見えてないけど、何かをキャッチしてはいるんだろう、ぐらいに 最近は思うことにしています。
あのときも、みんなの後ろで椅子に座って、タバコ吸いながら笑ってみんなの話を聞いているORITOさんがいました。Tシャツに短パンだったよ。メガネかけて笑ってた。
・・・んーと、そういう事じゃなくても、
日本にORITOさんというシンガーが「いた」ではなく「いる」んだ、ってこと(これはA面コーラスのTomicaちゃん談、一字一句まったく同感!のB面ボーカル芽芽)を伝えるべく、すごい勢いでたくさんの人達がつながっていっています。
ほんと、恋人でもないし、先輩のシンガーで年に2、3回会う人、くらいの頻度だったはずなのに、一体これは何なんだと思っちゃう。単にキョーレツ歌がうまい人、だけだったら ここまで思わないはずだから。
だからそれはきっと、ORITOさんが文字通り「たましいからの叫び」を歌っているシンガーで、それこそが真のSOULという音楽で、
いのちを削るように曲を作り歌っていた彼は、生命は終えたけれども
削ったいのちを少しずつ、彼と演奏し、支え、歌を聴いた人達の心の中に分け与えていたということなのかもしれないですね。
だから今も「居る」し、「生き続ける」のだと思います。
だからさー、私いつまでORITOさんの話してんだっつーの(^^;;・・・まるで恋してるみたいな心の占め具合。
いや、それは六さんの腰振りベース・・・じゃないってーー!もうー!
投稿者 Mei-Me : 2008年03月18日 22:43